脱・否定表現

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日常のいろいろな場面を思い出してみて下さい。
近頃、否定表現が多いと思いませんか?

人の話を聞くのが好きで、仕事やプライベートで出会う人たちと何気ない話をするのはとても楽しい時間です。講演会に行くのも大好き。興味のある事に関する講演はもちろん、それほど関心がなくてもそれがどういうものなのか知りたくて、行きたくなってしまいます。

以前、ソムリエの田崎慎也さんの講演を聴きに行ったことがあります。ワインのウンチクを語るのでは・・・ということで、小さな会場に集まったのはワイン好きな人たち。しかし、講演ではワインだけでなく、食文化に関する大変興味深いものでした。

一番印象に残っているのは日本人の味覚表現の話。「否定しながら褒める」というのが日本の特徴である、と話されていました。飽食の時代とあって食に関する情報は多く、“グルメリポーター”という人たちが日本全国の味覚を堪能しては、個性あるレポートでお茶の間を楽しませていますが、その表現をよく思い出してみると・・・
「甘くなくておいしい」
「辛すぎなくておししい」
「熱すぎず、冷たすぎず〜」
「クセがなくて食べやすい」など。
確かにそうです。否定してその物を褒める、評価するということがなんと多いことか!緩い肯定文でも表現できるはずなのですが、日本人特有の奥ゆかしい何かが働くのでしょうか。
また食感で食べてしまうことも多いそうで、「つめたい」「あつい」「やわらかい」「かたい」との表現が多くなってしまう。よく考えてみればこれも確かにそうだなあと納得してしまいます。私がいつも気になるのは肉(あるいはマグロのトロ)を食べた時のレポーターのコメント。「柔らかくて、口で溶けてしまう」と言い目を閉じて唸る、だいたいこんな感じです。うーん、なるほど、食感は伝わる。でもそれから先は?

田崎さんは「味覚、嗅覚を意識してみるということ。」が大切であると話していました。
ソムリエは様々な国、地方、年代のワインの味と香りを記憶する、五感フル稼働の職業。さてどのようにワインを記憶していったのか。「味覚、嗅覚を意識し、それらを言葉にして記憶する」ということだそうです。
自分はどれだけ五感を使っているのか。どうも怠けてしまっているような気が・・・
第六感に目を向ける前にまずは五感を磨く、ということなのでしょうか。感覚を向上させる努力は必要だとも話していました。

ところで、「かわいくなくない?」というような、近頃よく聞く表現。否定のし過ぎで、かわいいのかかわいくないのか?????