「山路を登りながら、かう考えた。~」
 
ご存知、夏目漱石「草枕」の冒頭。
これに続く文章のリズム感は本当にすばらしく、気持ちがいい。
しかしその少し先の文章が心に響きます。
 
「~越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、つかのまの命を、つかのまでも住みよくせねばならぬ。ここに詩人といふ天職ができて、ここに画家という使命がくだる。あらゆる芸術の士は、人の世をのどかにし、人の心をゆたかにするが故に尊い。~」
 
物語の中の一文とはいえ、その中に芸術とは?とその存在を再確認できたようで、
音楽を生業とする身としてはどこか勇気をもらったような気さえするのです。
 
昨年3月11日の震災直後。
報道され続けた被災地の様子がとても現実とは受け入れ難く、言葉を失う日々・・・
数日してようやく、いつも聞いているラジオ番組で久しぶりに音楽が流れた。
その時、“音楽を聴く”ということがこんなにも“生きている”ことを実感させてくれるものなのかと、
はっとしたのを覚えています。
滞っていた何かが流れ始めたような、
あるいは乾ききった体に何か温かいものが浸透していったような・・・
音楽や芸術は人間にとって必要なものなのだと、
これはきれいごとではなく本当にそうなのだと確信した瞬間でもありました。
 
残念なことに芸術の存在価値を否定するような政策が断行されている現実もあります。
情操教育を謳いながら、しかし音楽の置かれている環境は厳しいものがあるのです。
音楽があたりまえのように日常に溢れているせいもあるのでしょうが、
“芸術は人の心を豊かにするがゆえに尊い”とすれば、それはもっと大切に感じていきたいと思うのです。
 
どこかの自治体では音楽への予算がカットされそうになっているとか。
 
鶏が先か卵が先か、ではないけれど・・・・
人間あってのこの社会、そして未来の日本。
 

 明けましておめでとうございます。

 いつも「晶子の小話」にお立ち寄り下さっている皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします!!

 
12月23日のオペラ公演「アマールと夜の訪問者」はおかげさまで無事に終了いたしました。
クリスマス寒波到来のニュースに“もし大荒れの天候になったら・・・”と心配しましたが、
当日は何とか私達に味方してくれたようで大きな交通機関の乱れも無く、
両公演ともに沢山のお客様にご来場いただくことができました。
足をお運び下さった皆様、また応援してくださった皆様、ありがとうございました!!
 
今回は昨年に引き続きフィギュアアートシアターFAT!Sの皆さんとの舞台づくり。
早い段階から共に稽古を積み重ねてきました。
3人の王様が印象深かった方も多いことでしょう。
ユニークな風貌の3人の王様人形が個性豊かに登場しました。
歌は歌い手が、それに合わせて人形が動く。
動きと歌が一体感を持って舞台で動き回ることは困難なうえに、
指揮者のいない舞台では動きのタイミングなどが更に難しい。
まさに二人三脚での役作りでした。
人間ならば自ら表情を作ることができるけれど、人形はすでに形作られた顔。
表情を作るのは手先の動きや顔の角度、体の動きなど、その細かな動作すべてにかかっているのです。
表情豊かで説得力のある王様たちの動作に、全く違和感無く共に演じることができました。
2011年の忘れられない思い出になったのは間違いありません。
FAT!Sの皆さんは、3人の王様人形や村人としての出演はもちろんのこと、
舞台セット、小道具、OHPや舞台転換など、客席からは見えないところでも携わってくれました。
ですから舞台裏にはいつもあらゆるポジションにFAT!Sの皆さんがいて、舞台を支えてくれていたのです。
 
稽古が進むにつれ次第に人形に色や装飾が付けられ、また様々な道具が増えていく。
舞台転換練習が積み重ねられ、やがて照明スタッフや衣裳スタッフ、オーケストラ、舞台監督など、
これに関わる多くの人たちの力が結集されて日毎に立体的になる・・・
まさにオペラが“総合芸術”といわれる所以を改めて実感しました。
 
そしてその大元には、常にポジティブで誰よりも元気ハツラツな演出家・沢則行さんの姿があるのでした。
そのエネルギーの強さ、
そして各キャストが描いている表現を広い視野で受け止めてくれる人間の深さのようなものが常に感じられ、
毎日の稽古がとても充実していました。
昨年最後の舞台が「アマールと夜の訪問者」というステキなオペラだったことはとても幸せなことでした!!
 
さて、今年もコンサートやオペラ公演など、
様々な音楽をクリエイティブにお届けできればと思っております。
札幌室内歌劇場をどうぞご贔屓に!!

オホーツクの・・・!

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《札幌啓北商業定時制の「オホーツクのわらすっこ」は1966年の高校演劇コンクール全国大会で最優秀賞を取ります~》
これは11月5日の北海道新聞(夕刊)「私のなかの歴史」という欄に掲載されていた記事。
「オホーツクのわらすっこ」
なんだかこの演目に記憶がある。
続きを読み進める。
《~「わらすっこ」はオホーツクの漁村の貧しい母子家庭で、定時制高校に進学したい中3の玄一と妹を中心に書いたんです~》
思い出しました!大学生の時、この演劇をやったことがあったのでした。
 
大学は教育学部だったので、どのような名称の講義だったかは忘れてしまったのですが、
取得単位に”特別学習”とか“課外活動”のような文化祭や部活動の発表を指導するための必修科目がありました。
いろいろな学科、学年の学生が入り混じる講義で、理系・文系に関係なくいくつかのグループを作り、演劇を上演するというもの。
そのときの題材がこの「オホーツクのわらすっこ」という作品だったのです。
役者をやる学生もいればスタッフになる学生もいる。まずはその役割分担の話し合いから始まるのですが、
その役割分担の講義の日と、外部から依頼されたオペラの公演日が重なってしまい、私は講義を欠席したのです。
どんな役になっても仕方が無い、グループの決めたことに従うしかありません。
そうはいっても欠席した身、それほど重要な役割にはつかないだろう、
いやいやどんな役割でも重要ではあるけれども縁の下の力持ちに回るだろう、と半分願いも込めて思っていたわけです。
翌日。
同じグループの友人から自分の役割を聞いてみると、
「妹役だよ」とあっさり。
まさか・・・役についてしまった・・・
これは当たりくじなのか貧乏くじなのか。どよんとした気持ちになったのは間違いなく。
しかしいやだといったところで仕方が無い、これは話し合いで決まったこと。
第一、教師を目指す人たちの必修科目において「イヤダイヤダ」と駄々をこねたりしたらこれはマズイ。
教師ではなく困った生徒になってしまう。
さてこの日から台本を読み、セリフを覚え、グループのみんなとの練習が開始。
昼休みに配役に付いた他学科の仲間と読みあわせをしたり、衣裳の話し合いをしたり。
細かなことはもはや忘却の彼方ではありますが、同じ台本でありながら各グループの演出の仕方、選ぶ衣裳やセリフの言い方など、
それぞれの解釈と個性が想像以上に光り、最後の発表の日はとても楽しかったのを覚えています。
もちろん自分の発表のときはガチガチに緊張したのですが・・・・それはさておき、
同じ音楽科の学生が他学科の学生と何かを作り上げる姿も非常に新鮮に映りました。
何よりその講義で初めて知り合った人たちと一つのお芝居を作り上げていくことは貴重な経験でした。
それぞれの知識、感性、想像力を出し合いながら、互いに協力してそれらを一つのものに作り上げて行く。
社会生活では大なり小なりこういった場面は必ずあるわけです。
 
彼らのほとんどは卒業後、教師として活躍していることでしょう。
あのときの想像力、個性を生かした舞台づくり。
横並びになりつつある今の教育の中でも生かされていることを願って・・・
 

作品の中で生き続けること

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特に今年に入ってからです。
かつて非常にお世話になったシャンソン歌手の方の著書が書店に平積みになっていたり、
雑誌でそれらが紹介されるのを見かけるようになりました。
先日は札幌の書店のショーウインドーにも並べられており、
懐かしいような、叶うならまたその方にお会いしたいような・・・
いろいろな思いが沸いてきてしばしその前で立ち尽くしてしまいました。
 
紙の手触り、表紙のデザインや字体、色、それらすべてがお気に入りの本です。
 
その方は昨年の夏に他界されました。
いつも背筋をピンと伸ばしてステージに立ち、あらゆることに妥協せず、自分にも他人にも厳しく・・・
しかしきちんとフォローできるまさに姉御肌。
その内なるエネルギーから発せられるオーラは、今のアイドルの比ではありませんでした。
 
これまで何冊もの著書を出版されていますが、最近こうしてまた書店に平積みになり、
実際に手に取って読み返していると、いろいろなことが思い出されます。
まだどこかで元気にマイクを持って歌っているのではないか、
今年新たに出版された特集本、これをもし見たらどういう言葉を発するだろうか・・・
今でもそう思ってしまうくらいの存在感でした。
 
「作品の中で生き続ける」とはよく使われる言葉。確かにそうで、
ページを繰るたびにご本人の声が聞こえてくるかのよう。
しかしそれは同時に天に召されたということも意味しているわけです。
 
書店に並べられた彼女の本の前で、
いつもその二つの現実を感じながら立ち尽くしている自分がいます。

 

今年の夏、想像以上の暑さに辟易とした方も多かったことでしょう。

皆さん、無事に暑さを乗り切りましたでしょうか?

 

残暑の厳しかった827日、『唱歌の学校』の公演がありました。

今回公演を行ったのは札幌からほど近い長沼町。

青空の下、畑の緑色が広い大地を彩る“これぞ北海道!”という景色を眺めながら、いざ会場の長沼町民会館へ!!

 

この日は第一部に地元のコーラス団体の演奏、第二部が私達の公演というプログラム。まおいコーラス、白バラ合唱団の皆さんがきれいなハーモニーを会場いっぱいに響かせていました。すばらしい!拍手!!

 

『唱歌の学校』は、今回で何と21回目の公演!!

こんなに回数を重ねるとどうなるかと言いますと・・・・

驚くことに、回を重ねるごとに作品の奥深さに気づかされるのです。

だからアンサンブルもより緻密に、演技もよりリアルに進歩していくのです。

(この変化が楽しい!と、あちこちの公演に駆けつけてくださる方も多くいらっしゃいます!)

 

簡潔に美しくまとめられた小さな歌の数々。

それは演奏者や聞き手の「思い出」と重なり、かけがえのない宝物となってそれぞれの心の中でキラっと光る。

『唱歌の学校』の魅力ではないでしょうか。

 

先ほども書きましたがこの日は残暑が厳しい日でした。

会場内の気温も高く、出演者もお客様も汗をかきながらの公演でしたが、

そんな中でも最後までじっくり耳を傾け、一緒に笑ったり泣いたり沢山の拍手を下さったり・・・・

この公演に来てくださった皆様、また公演を支えてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

さて次はどこの町におじゃまするのかな?

お楽しみに♪

モーツァルトの食卓

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偉人の数だけ伝記もまた書かれているもの。音楽家も然りで、作曲家、演奏家、指揮者など多くの伝記、著書が出版されています。特にここ数年は偉大な作曲家のメモリアルイヤーが続いており、数多くの本が出版されています。
 
さて、今回は最近読んだ音楽関係の本の中でおすすめの一冊をご紹介します。
「モーツァルトの食卓」(関田淳子・著  朝日選書)
モーツァルトに関しては、彼の書簡を始めとして伝記や作品解説など多くの本が出版されています。それはやはり天才と言われるほどの超越した才能と、そこから生まれた作品の素晴らしさになによりも魅力があるからでしょう。
“天才でもそうでなくても、人間は食なくして生きてはいけない。”
この「モーツァルトの食卓」では小さな頃から人生を終えるまで、モーツァルトがどんな状況でどのようなものを食べてきたか、ということから彼の作曲家としての生涯を導いています。
病弱だったモーツァルト。天才と言われ、幼い頃から何年も続く旅生活では大変な苦労をしたというのはよく知られたことで、生涯の約3分の一は旅生活だったとか。その苦労がいかばかりのものだったか・・・この点を食からさぐっていくと、単純に音楽家としての苦労以前に、まず何かを食べて生きていくかという、人間としての苦労や努力も浮き彫りになり、さらにはその食事風景からは父レオポルトとの関係も見えてきます。
また身分によって口にすることの出来るものも大きく異なっていた時代。宮廷で演奏するモーツァルト一家はその晩餐を見ることはできても食することはできなかった・・・など、そこからは行く先々での音楽家の扱われ方もまた見えてきます。
 
“音楽家”という職業面から書かれる伝記とは違った人物像を味わえるのが何よりも新鮮です。一人の人間としてのモーツァルトが見えて来る。それはこれまで様々読んで感じてきたモーツァルト像とは少し異なるもので、何と言ったらいいのか・・・単純に言ってしまうと天才とはいえやはり自分と同じ生命体だったのだなぁと、なんともおかしな感想が頭に浮かんでしまったりもするし、食料に不足し病と闘い、晩年は金銭的にも苦労しながらしかし素晴らしい音楽を残したモーツァルトが愛おしくも感じられるのです。
 
旅先で出会った食べ物、食文化。また故郷をなつかしく感じる味、食材。現代以上にその驚きや懐かしさというものは深いものがあったことでしょう。
“味覚”からさぐる人間モーツアルトと彼の生きた18世紀の食文化が書かれた一冊、モーツァルトに関心のある方はもちろん、食に興味のある方、18世紀の文化に興味のある方にもオススメです。
 

大丈夫は大丈夫か?

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最近の会話で気になる言葉があります。
それは「大丈夫」という言葉。
大丈夫=OK
そう思って会話を聞いているとどうも内容が理解できない。
例えば「この●●を使いますか?」と聞くと「あ、大丈夫です」という返事が来る。
YesなのかNoなのか一瞬わからなくなる・・・
いろいろな場面で「大丈夫」という言葉をよく耳にするようになった気がして、
そのたびにどう返事をしていいものやら一瞬迷ってしまう、というようなことが多々あります。
 
同じようなことが「やばい」という言葉。
「これヤバーーーイ!!」・・・・・・最近よく耳にするこの使い方。
自分が思っているのとは間逆に使われています。
そんな言葉で交わされる会話を聞いているともうチンプンカンプン※◎■?*▲×!
いったいこの方々は嬉しいのか、
それとも怒っているのか、
はたまた怖がっているのか。
その感情がわからない・・・・・・
 
確かに言葉は時代と共に変化してきました。
いま普通に使われている(と思われる)会話だって、100年前の人々が聞いたら理解できないのかもしれない。
古い随筆などは今の言葉使いとは異なるし、それはまるごと時代の香りでもあったりします。
ということは、
いつかは私もすんなりとこれらの言葉が思考回路を通過してゆく日が来るのでしょうか。
 
よく言われますが、会話とは言葉のキャッチボール。
そして言葉が相手に理解されてこそ会話が成り立つ。
親しい人となら通用する言葉があるにしても、
たとえば接客など、初対面の人との会話では、
まずは変化球ではなくストレート勝負で言葉のキャッチボールを!!と思うのです・・・・
 

サンプラザオペラ公演終了♪

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「民族のアリア」と題した今公演はお隣の国・韓国の音楽と、オリジナルオペラ「フォスター物語」の2本立てでした。
 
第一部では韓国の歌曲と童謡をお聴きいただきました。柔らかさの中に何かしっかりとした気が流れているようであったり、哀愁が深く漂ったり。そのメロディーには日本歌曲とは違った美しさと強さを湛えているように感じましたが皆さんはいかがでしたでしょうか?
街中でふと聞こえてくる韓国語を一瞬日本語と思ってしまう、でも違う・・・ということがありますが、韓国の歌も日本の歌とはどこかその芯が違う。まさに民族の違いなのでしょうね。
韓国はとても近い国。しかし韓流ブームとはいえドラマや映画、Kポップス以外にそこで生まれた音楽の多くを気軽に耳にする機会はなかなかありませんでした。これを機に韓国の作曲家とその作品にもっと触れてみたいと感じずにはいられませんでした。
 
フォスターは世界中でそのメロディーが愛されているアメリカの作曲家。第二部では彼の残した歌と黒人霊歌で綴ったフォスターの音楽人生をお楽しみいただきました。どこかで聴いたことがある、あるいは歌ったことがあるというメロディーに溢れていたことと思います。
誰もが口ずさむことができる歌。シンプルなのに心を打つメロディー。それが後世に残され愛されているということはまさに名曲の証なのでしょう。
 
私はフォスター組(ちなみに第一部の出演者は“韓国組”と呼ばれていた)でした。フォスターの音楽にどっぷりと漬かった数ヶ月。公演を終えたのに、ふと気がつくといまだに“草競馬”や“黄色いリボン”などを口ずさんでいる私がいます・・・
 大震災があり、社会的にも精神的にも不安定な中で練習を重ね迎えた公演でしたが、ご来場の皆様、応援して下さった多くの皆様のおかげで無事に公演することが出来ました。メンバー一同感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!!
 
余談・・・
きっとヨドバシカメラのCMを見るたびに歌っちゃうんだろうな、リパブリック賛歌。
ロッテ時代のオーティズ選手の応援歌もそういえば・・・・リパブリック賛歌。
 

 

 

季節は巡る

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3月11日の震災から一週間後、私は「フォスター物語」の稽古のため、飛行機で北海道へ向かっていまいた。
その日は快晴。窓からの景色もきれいに見えていました。
 
飛行機がちょうど東北上空にさしかかったとき、
遠く空から見下ろす東北の景色はそれでもまだ緑多く、広大に感じられました。
しかしこの広大な土地が揺るがされた。
そして人々の生活も揺るがし、命をも飲み込んでいった。
空からは決して感じられない悲しい現実がそこには広がっている・・・
地球からみれば日本は小さな島国。
自然の、地球のエネルギーの前に人は非力なのだと見せ付けられた気がして胸が痛みました。
 
この一ヶ月間で街の様子はずいぶんと変わりました。
街だけでなく人々の心にも大きな影響がありました。
あらゆる情報に人々が敏感になっているのも確かです。
 
被災地を思う気持ちを忘れずに前へ歩んで行く。
最近よく耳にする「がんばろう日本」という言葉は、被災地を応援する私たちにかけられた言葉ではないかと感じます。
 
4月に入り、桜の開花宣言も各地から届く季節になりました。
どんなことが起きようとも季節は巡ってくるものです。
東日本大震災から今日で一ヶ月。
桜の淡いピンク色がふんわりと被災地を暖かく包み、
人々の心に少しでも安らぎをもたらしてくれるのはいつになるのでしょうか。
 
被害にあった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地の復興を願うばかりです。
 

 

4月22日のサンプラザオペラ公演に向けて稽古が始まっています。
 
今回は第1部が「韓国の心を歌う」
≪韓国の歌はメロディーが大変美しい≫
先日、我らが音楽監督からこのようなお話がありました。
韓国の方は肌も美しいけど音楽もそうですか!美しいのですか!!
と心の中でつぶやく私。
とにかくそう聞いてしまうと大変興味が沸きます。
第1部に出演のメンバーはハングル語での歌唱にもチャレンジしています。
そのすばらしき音楽がどのようにホールに響き渡るのか、
我がメンバーがそれらをどのように表現するのか、今から楽しみです。
 
いまだ熱い韓流ブーム。
韓流ファンのお知り合いの方もお誘いしてみてはいかがでしょうか?
 
そして第2部は「フォスター物語」
アメリカの作曲家・フォスターの人となりを描いたオリジナル作品です。
私はこちらに出演するのですが、こうも毎日フォスターの音楽と向き合っていると、
自分の感度がおのずとフォスター仕様になる。
ゆえにフォスターの音楽に敏感になってしまっているのであります。
 
だからテレビで流れるCMの音楽にもピクっと反応してしまう・・・
 
某大手カメラ店~“リパブリック賛歌”
某百貨店~“黄色いリボン”
そしてそのライバル百貨店では“聖者が町にやって来る”
ラジオの競馬予想コーナーではお決まりのように“草競馬”
 
等々。。。。
 
気づかずにはいられない!!
フォスター恐るべし!!
 
そう思っていた矢先。
先日アカデミー賞を受賞した映画「英国王のスピーチ」をさっそく観てきたのですが、
その中で英国王が口をついて歌うメロディーがなんと「草競馬」。
 
ここにもフォスター!!(舞台は英国王室なのに)
 
 
きっと知らないうちにフォスター音楽に囲まれているに違いない・・・・・

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