選択肢

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ある意味、狭まっているような気がしてならない・・・

とにかく機械関係の進歩というのはすごい。例えば今から10年前を考えてみると相当に生活は変わっています。パソコンや携帯電話がようやく身近になり始めた頃でしょうか。アップルコンピューターなんかがメジャーになりつつありました。「“Mac”ってあれですよね?ハンバーガーの・・・えッ、違うの??」こう思った人もきっと数人はいたに違いない。
またその頃はMDよりもまだカセットテープが全盛だったと思います。MDを手にした時は頭出し出来ることに感激したものです。便利。
新しいモノが次々生み出されては世に出回り、その普及の速さには目が回ってしまいます。

このようにモノで溢れている現在。それでは“選択肢が広がった、良かった良かった”と感じるでしょうか?
先日、ラジオである歌手が新曲をリリースしたと報じました。まずはCD発売より先に、ネット配信するということです。媒体が今やパソコン主体になっているという、イマドキの象徴的な現象ですが、これはどうしても選択肢を狭めているようにしか思えない。資本主義社会ではもちろん利益云々が大事なところではありますが・・・結局それを聴くための選択肢は限られてきます。
「詳しくはホームページで」ということも非常に多くなりましたが、国民が100%パソコンを操作できるわけではない。知るための選択肢は?それとも発信する側が対象を限定してしまっているのでは?パソコンが便利という人もいれば、パソコンは不便と感じている人もいます。

世の中自由なのか不自由なのか・・・
選択肢が多すぎて選べないこともあれば、逆に少なすぎて立ち入ることができないこともあるような気がします。