良いも悪いも背中合わせ

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日曜夜9時の某ドラマが視聴率の低迷を理由に、10話完結のところを8話で打ち切る、との記事が出ていました。視聴率あっての業界とはいえ、その制作にかける並々ならぬ時間、労力を思うとどこか心がチクチク痛みます。
どの業界においても、何かを生み出す時には多くの人々の力を結集しているわけで、そこにやりがいがあり生きがいをも感じたりするのですが、しかしそれが世に受け入れられるか否かであっという間に白か黒かの結果が出てしまうのが現代の恐ろしさ。不況になってからか、はたまたネット社会が出来上がってからか、中庸というものが少し減ってしまったような気がします。
たとえば「これがいい」となれば“これはいいこれはいい!”とネット上であっという間に情報が広がる。逆に「これはイカン」ということになると“ダメダメダメダメ!”と速攻に広まる。果たしてそこに意見の大きな波が成立し、時には大騒動になる。
いや、それが全ていけないというのではなく、時には大きな力となって世の中を動かすことは多分にあるし、それこそが自由の特権というものでもあるのですが。
しかし情報に溢れて受身になることの多い世の中。自分の本当の意見はそこにあるのか?キャスターやコメンテーターの言うことを自分の意見と思い込んではいないだろうか…そこに「自分」というフィルターを通した確固たる意志がなければ、ちょっと恐ろしいことになるのではないかと思ったりしてしまうのであります。
もしかしたら、ネット上で誰かが「この日曜夜9時のドラマ、すごく面白い!」なんて言い出して、そうだそうだと同調して広まっていけば視聴率は急上昇し、このドラマだって恐ろしく人気のあるものになるのかもしれない。今の日本ではありうる話だけれど、広まる時間を待ってはくれないほど早いスピードで物事が処理されているのも今の日本。
 アナログな頃が懐かしい…
 
そういえば先日、戦後の大変な時期を生きぬいた方が「昔は良かった」としみじみ話されていました。物質的に満足のいかなかった戦後と物に溢れ返っている今と。
何が満たされ、何が不足しているのだろう…
 
まずは「オペラってこのうえなく面白くてたまらない!!」とアピールしてみましょうか。